パワハラと教育は紙一重

ビジネス

こんにちは、のらねこです。

先日、パワハラで後輩から相談窓口に連絡されて干された先輩社員と飲む機会があり、いろいろ考えるところがあったので、本日はパワハラと教育についてお話していきます。

パワハラということを一度冷静に整理しないと、日本の衰退につながりそうな危機感がありました。

教育の概念

教育とは、文字通り「育むために教える行為」です。

会社では、先輩が後輩の教育担当などに任命されて、教育担当という係になったります。

もちろん会社は学校じゃないので、先輩に教える義務はありません。

しかし、昇格に必須能力で合ったりするので、半義務的な性質はあります。

教育を積極的にやる・やらないは先輩によっても異なりますが、個人的には後輩を早く戦力にしておかないと自分が次のステップに行きづらくなるので、ちゃっちゃと成長させようとするタイプです。

後輩に自分の仕事を振らず自分の立場を守る人がいますが、はっきり言って「悪手じゃろアリンコ」byネテロ会長 という感じです。

パワハラの概念

パワハラとは、パワーハラスメント。立場を活かした圧力です。

最近は、○○ハラスメント(通称○○ハラ)が社会現象になり、多くの会社で○○ハラ=社会不適合のレッテルが張られてしまうことが多いです。

会社の某先輩も同じようなことになり、異動させられました。

結構キビシイイメージの先輩だったので、人から聞いていた情報だけで判断すると、やりすぎたんだろうと思っておりました。

しかし実際にその先輩と飲む機会があり、直接聞くと一変しました。

本人談を聞くとパワハラというよりは、「教育の一貫では」と思うことが多々ありました。

社会ではパワハラをしたほうが「悪」とされていますが、

正直、どちらが「正義」か「悪」の境目はよくわかりません。

教育とパワハラの境目はあるのか

実際に、教育とパワハラに境目はあるのでしょうか。

その先輩を例にすると、

先輩としては、能力が低いと感じた後輩に対して、成長して独り立ちできるように課題をだしているだけでした。(残業が嵩みすこしやりすぎな部分はあったようですが)

要は、後輩の能力が低いから成長させるため教育をしていました。

しかし、結果として後輩側は、「この先輩が嫌い=パワハラ」として受け取った始末です。

結果として、教育のやりすぎがパワハラではなく、嫌い=パワハラになってしまうということです。

セクハラも同じで、嫌いな方に言われればなんでもセクハラになってしまう、ということです。

結論、「嫌われたら、○○ハラ」で積んでしまう世の中になってきています。

後輩側としては守られる社会になってきましたが、成長するチャンスを逃している側面もあります。

これらが加速すると、先輩としての○○ハラへの防衛策は「関与しない」となってしまいます。
今の日本社会では無関与先輩が増えてきているらしいです。

このような保守的な環境で、会社組織が成長するかといわれると、疑問視せざるを得ないです。

会社という枠組みでは弱者救済をスタンスにとれば今後発展は難しいと感じます。

日本の会社という組織システムの弊害が露骨にでてきており、

今後生き残っていくのは、「ストレスを感じさせず好きなことをやる集団」ではないでしょうか。

オンラインサロンやDAOといった自主的な団体が、会社組織を凌駕していく感じがしてなりません。

おわりに

日本社会では、会社をよくしようと頑張れば干されて、何もしない社員が出世していく。そんな社会です。

こういった減点方式年功序列型会社は、混沌とするこれからの時代を生き残っていけないことは確かでしょう。

会社が衰退するのは、不可避です。

会社に依存せずに自分自身のスキルをしっかり蓄え、どのような’環境でも生き残れる人材を目指して今日も頑張っていきましょう。

ほな、バイバイ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました